海外留学報告書1
平成10年2月
Postgraduate Diploma, University of East London
井上雅祐
今年の冬は稀に見る暖冬だそうで、つい最近も20度近くまで気温が上り、観測史上最高と言う記録が報道されております。
冬期長野五輪もこちらでもBBCにより積極的に放送されており、かいま聞こえる日本語のアナウンスに懐かしさを憶えるこの頃です。
昨年末のベニスへのユニットトリップを終え、スタジオもいよいよ本格的な建築的作業の段階となり、加えて各種発表も控え、忙しさが目に見えて増してきております。
今回は昨年10月以降現在までの研修内容を報告致します。
1 スタジオワーク
今年度は以前にも報告した様に、ベニスでのパブリックビルディングの計画がメインのプロジェクトです。11月末のユニットトリップ迄の間は以下のプロジェクトを行いました。
^地面のダイナミズムの表現
:ドローイング
:モデル
_ランドスケープ
`インスツルメント
aジョイント
ベニスは御存じの通り、ラグーンと呼ばれる沼地が都市になったところであり、その地盤条件が大きく建築に影響しています。ベニスへのトリップ迄は、この物理的な地盤の条件に関して考える作業が集中して行われました。より簡単に言うと、地面についての関心と理解を深めると言った方が適切かと思われます。
概要
地面のダイナミズム
:ドローイング

ground
levelを基準に断面を考える時、地上面の構築物の重量と同じだけの力がground
level以下に係る。その際の地中の変形の表現する。粘土(fig1)の場合は建物は沈むと同時に地面も広がる様に変形していき、岩の場合(fig2)は地中の変形は起こり得ない。
地面のダイナミズム
:モデル

岩と粘土という異なる堅さの地盤面を考える時、必ず異なる沈下量が生じる。その段差を断層の動きへと発展的に解釈し、その表現を試みる。(fig3)石膏で作った断面を削り込み、鉛のシートを埋め込み異なる地層のレイヤーとして表現した後、断層部分に融かした鉛を注入。(fig4)この断層部分を占める溶けた鉛を溶岩と解釈した所から、その後の溶岩流の制御というアイデアに繋がることとなりました。
ランドスケープ
ピーター曰く、流れる溶岩流の制御の制御により新たな領域が創造され得る。その為の境界形成の方法の研究とその建築的解釈と発展を行うこと。これはアイスランドの小島でながれる溶岩流に海水を噴射して港を守ったという実話からアイデアで来ているようです。とにかく、建築以外の知識と見識が豊富なので、チュートリアルの間に色んなアイデアで出てきます。その全てが正解とは言えませんが。これに関しては、いくつかのモデルとコラージュによりその制御の手順を表現し一応の結論を得たつもりでいます。(fig5)
インスツルメント
地面の地耐力を測定する装置の設計と製作です。私の案(fig6)は、錘や脚が収納されたコンパクトな真っ黒な箱が分割し展開しつつ、装置となるものです。ベニスの持つ妖し気なイメージの投影を意図しました。暗闇の中で静かに音も無く沈んで行く様々な色を持つ金属の錘。錘が完全に箱の中に埋没した時、所定の貫通長が達成され、暗闇と一体化するというアイデアでした。
最終的にはユニット内コンペの結果、3点が選ばれ実際に作成されました。

私が製作に参加した案は、無垢材を加工し、削り出したものです。(fig7.8)このアイデアはドイツからの学生のモノですが、とにかく木の加工に長けていることに驚かされます。聞くと、大学迄の間ずっと工作の授業があるそうで、日本とは異なる教育環境を知ることが出来ました。中に水を充填することで全体が約90キロの錘となり地中に沈んで行くアイデアだそうです。
ジョイント
木製可動仕口の設計と製作です。


地面の沈下に追従して動くことが出来る柱梁の構造を考える事が求められました。各自の柱から最大で4方向へ2mの長さの梁が伸びます。最終的には全員の部位を用いて8mx8mの広さの柱梁で構成される床が作られる予定です。
初めに原寸模型を作成し、材料や仕組みをチューターと確認した後に実施に取り掛かりました。(fig9.10)最終成果品(fig11)が先日完成し、ほぼ全員のものが記録写真として納められました。
bユニットトリップ
これらの課題により、地面への関心を各々に与えられたテーマから理解させた上で(ある人は砂漠やプレートテクトニクスなど)実際の敷地を調査を契機とした、建築的なな敷地のコンテクストの読み取りを中心とした段階へと進んでいくこととなりました。
ユニットトリップは11月28日から12月8日までの11日間行われました。我々の敷地はジュデッカ運河に面した商業港エリアの一角で、今は使われていない倉庫が建っています。隣接建物に面する以外の3面を運河に面していることになります。背面の小運河側では、サンニコラ教会という7世紀を起源とする古い教会を中心とする大小2つの広場からなるドメスティックな空間に面しています。ジュデッカ側はエリア内に税関を含むこともあり、原則として一般の立ち入りが禁じられています。そしてそこでは、船のエンジン音だけが唯一の騒音とも言える一般的なベニスの街の持つ静けさと対称的に、トラックが走り、コンテナが積まれ、フェリーに乗り込まんとする自動車が走り回る空間となっています。今回のプロジェクトではこの相反する2つの空間に面するという敷地の条件”janus”(2面性)が大きなテーマの一つです。

更に、ベニス特有の地盤条件、地面との応答がもう一つのテーマとして掲げられています。この2つの大きなテーマに対する建築的な応答を考える事から、プロジェクトのサーベイが開始されます。(fig12.13)
今回は英国建築界の大御所、ピータースミッソンが同行し、3日間我々にアドバイスをしてくれるという思い掛けない事態になりました。滞在中の彼は、調査中の我々に気軽に声をかけてくれ、様々な会話と助言を得ることが出来ました。50〜60年代の現代建築の歴史に大きく影響を与えたこの伝説的な建築家との接触は、非常に貴重な体験となることでしょう。
このトリップではチューターより与えられた調査項目についてグループに別れて活動しました。
我々のグループは、教会を中心とした広場を含めた空間のアクティビティの調査を行いました。
具体的な調査項目は以下の3点です。

1:教会周辺の人の往来の記録
2:広場に面した建物で発生する出来事の記録
3:広場にて聞き取れる音の記録
これらについて、2日間に渡って早朝から夕方迄現地に貼付いて調査を行いました。この時期は雨が降り風が強く、かなり辛い体験となりました。(fig14.15)
cベニスプロジェクト
現在は、ベニスに既存の建築を用いた平面と立面のスケールテストを経て、プログラム、ボリュームの様々なスタディを、モデルやドローイング、コラージュなどにより行っている現状です。(fig16)
同時に、これまで行ったきたスタジオワークで展開してきた様々なアイデアをもこのプロジェクトに関連づけて展開していくことも行っています。
更には、いわゆる建築的なコンテクスト及現地で行ったサーベイの結果から導き出されるアイデアを盛り込んで行くことも求められています。
2月末に中間ポートフォリオレビューがあり、この半年での思考の変遷を説明するする機会が与えられました。これは、どのような経過を経て、プロジェクトが展開されてきているかを自分の所属するユニットを含め、他のユニットのチューター達に説明し、議論を行うものです。基本的には、これまで作成してきた資料を没になったものも含めて提示し、何故それらが展開しなかったのか或はこういう理由でこれらが展開されている等、まさに自らの思考の歴史を述べる訳です。チューター側からはその時々の判断の是非やこれからの展開する中で検討すべき事柄等についての見解やアイデアが与えられました。
更に、3月初旬には、各ユニット毎に、ユニットトリップの成果発表が行われます。
これは敷地についての概要説明で、敷地を取り巻く状況の、社会的、文化的、政治的、経済的な側面からの理解を求められるものです。敷地の状況分析を非常に細かく厳格にかつ客観的に行うことによって、プロジェクトの展開に繋がるアイデアを探そうという姿勢が感じられます。



学校の様子について写真にて紹介致します。校舎は元々19世紀に作られた小学校を改造した物で、由緒あるものです。スタジオからの眺め(fig20)は典型的なロンドンの郊外型住宅地区の風景です。正直申し上げて、有色人種が多く住む裕福な地区ではありませんので、お世辞にも綺麗な街並とは言えません。数年前まではかなり危険な地区だったが、今は落ち着いているとの説明でしたが、昨年末に地元警察署の前で婦人警官が殺される事件があったようです。
各フロアは大きな多目的なスペースと細分化された各ユニットのスタジオから構成されています。

大きなスペースは、普段はジュリーが行われたり、写真撮影を行ったり、模型を作っていたり、或はワークショップでドローイングをしていたりと様々に使われております。(fig21.22)
スタジオでは時にチューターが顔をだし、作業中の
様子を見に来ることもあります。(fig23)
右側の大きな人が建築家兼学長でユニットマスターPeter Salterです。日本では富山でのプロジェクトや花博フォリーで知られています。

スタジオでは各自にスペースが与えられます。天井迄の大きな窓が南面していますので非常に明るく、そして2層分の高さを持つ空間ですので、ゆったりとしています。(fig24.25)
1階はギャラリーで、常時ディプロマかディグリー(学部に相当)或は歴史理論の何れかのユニットが担当する展示がされております。(fig26)
昨年11月には象設計集団のの丸山欽也氏の展示と講演そしてワークショップが開催されました。日本の建築家をピーターから紹介を受けるという何とも不思議な経験となりました。
2 レクチャー
春学期でのレクチャーは、毎週水曜日の夕方にprofessional
studies
として各方面の専門家を呼んで、建築におけるprofessionについて考えるものと、晩からのtechical
studiesという環境あるいは構造、施行面からの建築的な応答を議論する場の2つから構成されます。
後者については、各人が行っているプロジェクトに反映させることが求められ、プロジェクトの現実面での対応が必要となります。各人は自分のプロジェクトについて最低1つの検証すべき項目を求められ、technical
tutorとのやり取りが行われ、アイデアを発展させていくことになります。
歴史&理論は約1年半の中で、生徒が自主的に設定したテーマに沿って論文を書き上げるプログラムであることは前回にて報告済みですが、日常においては全く個人的に進めて行くしかない状況です。現実には、各個人毎に、担当のtutorが年末にあてがわれましたので、相談しながら進めて行くのが本筋ですが、日常のスタディオワークに時間を取られ、とてもそれどころではありません。が、怠慢しておりますと即刻ディプロマ統括チューターからのお手紙を頂戴することになりますので、油断できない状況です。
3その他
ギャラリーでは頻繁に展示が行われ、そして関連するレクチャーやワークショップも多く開催され、学校全体は活気に満ちています。
我々ユニット1の面々は、学長の手元と位置付けられているのか、その度に準備にかりだされます。しばしば、夜中近く迄準備に携わることもあります。利点としては、その作業の中で実際にその建築家と対話できることです。レクチャーや展示を見ることだけでは解決しない疑問も率直に聞き、また応えてもらうことが出来ます。
他に、AAスクールやロンドン大学バートレットでのレクチャーも興味深いものがあります。最近では伊東豊雄やザハハディド、リべスキンやクールハースなどの面々がレクチャーを行っています。まさに現代建築の最前線の情報が目の前を流れている訳です。昨年の伊東氏の講演後、氏とAAの玄関で少し話をする機会荷も恵まれました。我々のスクールはこれらの最先端系スクールとは少し異なるスタンスを採っておりますので、わざわざ出掛けて行くことになるのですが、様々な価値観に基づく情報を得ることが出来、ロンドンならではの経験と考えております。
4スタジオ概要
今年度のスタジオは最終的には17
名となり、ドイツ、ギリシャ、インド、フランス、デンマーク、日本そしてイギリスからの学生で構成されます。学年を問わず全員が同じテーマで作業を行っています。
10月終わりににドイツ人女性が、12月のユニットトリップからデンマーク人男性が加わりました。英国らしく入学時期もフレキシブルなようです。
以上