海外留学報告書3

平成11年3月

Postgraduate Diploma,
University of East London
井上雅祐 

 

長く陰鬱な冬もいよいよ終わる気配が感じられついに春が来たかと思いきや、朝起きるとやはり外は曇りといった今日この頃です。
9月末から始まった98/99年度も早くも後少しという時期になりました。
今回は10月からの学校での活動を中心に報告します。

1 スタジオワーク
前回お知らせしたように今年のプロジェクトはロンドン市内、キングスクロス地区の再開発計画です。
今年1年の当ユニットのテーマは<rules, regulations and standards (規準、法律、標準など)>と建築的な空間の豊かさがどう関係しているかという点に注目する事が先ず一つ。
そして<pocket>という概念により、空間が都市からインテリアまでの異なるスケールで変化し連続していく事を捉える。
これらの2つのアイデアを<都市. 街区. 建築>スケールで検証していく事から今年の課題が始まりました。

1. westway

ロンドン市内西部から郊外へ伸びる高速道路を都市的スケールを持つ基準の一つとして捉える。
敷地はパディントン駅北側の旧貨物駅跡地周辺の高速道路の最東端にあたるパディントンエリアと有名なシェパーズブッシュラウンドアバウト周辺の2箇所。
特に後者では交通工学的に自動的に得られる標準形としてのリング状高架道路は、その下に周辺から隔離されたエリアを生む。
等、スケールや材料、光や影の自然条件といった点から空間の理解が試みられました。

その高架下には不思議な事に、小規模な馬の放牧場、公営テニス練習場やランニングトラック、地下駐車場付きのサッカーコートが配置されており周辺とは異なる環境が存在する。
道路際には道路設置に伴う立退住民の為の高層住宅が並ぶ。高速道路と高架下そして変形した周辺環境との関係及びそこで起きている出来事を読み取る。ある者は高速道路と牧場の対比に都市と田舎の風景の詩的な関係を読み、また道路と建物の隙間に生じる空間の属性

2. bank, monument sta.

5つの地下鉄線が交差する複雑な迷路の地下空間に於ける建築基準の適合性或は妥当性について考える。
通常の建物で要求される32メートルの避難距離はこの地下空間でも適合されているか、或は様々な時代、様々な工法(シールドとオープンカット)で建設されたトンネルが生み出す複雑な風の流れ、チューブ空間に於ける床下の隠れた空間や頭上に広がる余白といった各々の空間の所属について考える、という幾つかのアプローチがありました。

3. hunterian museum

英国王立外科大学付属の博物館。人物及び動物、昆虫の身体断片部分のコレクション。19世紀の医師ジョン.ハンターが様々な正常奇形の部分を集め研究し、結果その後の外科医療の進歩に大きな役にたったと言う知る人ぞ知る博物館。
ここではそれら身体の部分に含まれる隙間、そしてすその隙間を含んだ観賞物をおさめる容器との間に生まれる別の隙間、さらに容器同士の離隔、それらが陳列棚の大きさを決め、やがて博物館全体の室内空間を規定していくプロセスが理解される。

又、隣接する図書館でも類似の読み取りが可能で、書棚の際に配された机に広げられた一冊の本、その本の大きさから、棚の全体が決まり、やがて棚と棚の間に配置される窓の大きさと位置が決まる。更に窓の外側はポルティコに建つ古典様式の柱や柱頭は窓との関係から位置が決められるものの、同時にそのスケールやディテールは都市のスケールを持つ。本や身体の断片というドメスティックなものと都市的なスケールを持つものとの関係、関連について検証が行われました。

4. soane's museum

上記建物とリンカーンズインというスクエアを挟んで向かい合う、建築家ジョンソーン博物館。博物館としては、古典建築の断片、例えば柱やレリーフなどの本物や石膏レプリカ等を拾集しており、事務所所員や学生の参考となるようとの配慮から自宅兼事務所でありながらも生前から開放されていたもの。奇しくも向かい合う二つの博物館共に断片拾集系であり、時代的にも19世紀前半から中頃と同時期にあたる。ソーン博物館はジョージアン様式のテラスハウスを漸次拡張、改造したもので、彼の実験場あるいは理想や好みが多分に反映されている。バンクのイングランド銀行等で知られる有名な建築家でもありながら、寡作でも知られており、その空間体験は貴重。

ここでは現在英国で使われている住宅基準との関係から空間の理解を開始。
一般にparkermorisと呼ばれるこの一種の建築資料集成的、用途別室寸法カタログは実際多くの公共住宅などに使われており、すべての空間が単一用途として定義される為に、廊下、台所、食堂、洗面所など必要なスペースを組み合わせていくと、とても広い住宅が自動的に出来上る。
ソーン美術館に於ける建築的に注目すべき点の一つ、連結された3つの部屋。これはスクエアに面した公的なブロックと事務所や博物館の置かれる裏側のブロックとを繋ぐもの。非常に幅の狭い空間で、全体としては廊下とも言える。ここではstudyは居間でもあり、dressingは洗面所でもあり、といった日本の茶の間のような空間の何通りもの使われ方が見られる。当時のスタンダードであったジョージアン様式の住宅に挿入された、極小の多用途空間。基準の援用だけでは生まれ得ない、多用途で極限の寸法から生まれる空間の質とその緊張感について理解が試みられました。

5. spitalfield

道路と建物の離隔から建物の持つ目的、或は都市との関りの意志の読み取り。
リバプールストリート駅東側に有る幾つかのブロックからなるエリア。かつて市場であったブロックと教会と公園のブロック、そして立体駐車場ブロックの3者に込められた建築的な意図を、都市の文脈とのかかわりから捉える。
市場はその舗道上まで伸びた庇が都市との積極的な関係(商業的な意味)を表し、教会は道路から引いた位置に置かれる事により建物の持つ権威的な意味と都市装置の一部としての存在感を示す。立体駐車場は都市装置でもなく、文脈の一部でも無い。歩道との間に出来る不整形な隙間は、プレファブリケーション或は工業製品と都市の断絶を示すものとして理解され得る。

メインプロジェクト

年明けからいよいよメインプロジェクトである「キングスクロス&セントパンクラス」サイトへと入りました。
19世紀を代表する2つの駅舎建築(1852年 キングスクロス、1868年 セントパンクラス) が大きな存在感を示す敷地南側、そして北側の広大な貨物駅跡地。これらはリージェント運河により南北に分断されています。
2つの駅舎に挟まれたエリアには幾つかの興味深い建築が残っており、歴史的建築物としてリストされています。更に、このエリアのアイコンとなっているガスホルダー。そして北側の線路跡地を占める生コンプラント。周辺には西にブリティッシュライブラリーと150年以上続くスラム地区。南側の安ホテル街は麻薬取引と売春地帯で有名。東側に広がる静かな住宅地。北側のカムデンへと繋がる新旧の住宅地。

敷地の条件整理だけでも大変な作業量が有ります。
5つの敷地から発展、展開してきた自分のアイデアを以て敷地の分析を行い、戦略を導き出す事を試みています。
3月中旬にはポートフォリオレビューがあり、これまでの自分自身の思考の変遷を整理する機会が与られ、また他のユニットのチューターからもアドバイスを貰い、今後の作業の方向性を得ました。
その後、敷地の分析作業を続け、更に残存する建物を対象とした保存修復計画の立案を行っています。
しかし、敷地の広さ故か都市文脈との関連が様々に読めとれる事から、分析と戦略の構築作業は難航しています。正直なところチューター達自身も指導の方向について苦慮しているらしく、2月以降には理解する為のアイデアに役立ちそうなセミナーやミーティング(昨年は無かったもの)等が次々と行われ、或はチューター不在の時期には全員で敷地全体模型を作ったりという時期も有りました。
しかし、これも正直なところ時既に遅しといった感もあり、あと2ヶ月で全体のプロジェクト、特定の建物を選んだ詳細な設計、プロフェッショナルスタディレポート、テクニカルスタディの詳細ドローイングとレポートという積み重なる作業量の前に一同、特に5年生は神経質になってきているというのが現在の状況です。

2 レクチャー
今年は昨年以上に当大学でも積極的にレクチャーが開催されており、また人選も例年とは若干趣を代えた為か、珍しく外部からのレクチャー参加というのが増えてきています。
昨年に引き続き象設計集団の丸山欽也氏、そして淡路島の棟梁江戸氏両名の主催するレクチャーとワークショップは大変に話題となり、現地の新聞にまで掲載される事となりました。さらに立命館大学の山崎先生が「鳥獣戯画」を中心に京都の建築的な歴史、特に町家について講演され、とても興味深く感じました。山崎先生とも講演後少し会話を持ちましたが、歴史等は自分で勉強できるものと思われがちですが、やはり専門的な視点で見ている方から聞ける話は一味違うものがあり、大変参考になるものだと実感しました。ぜひとも帰国してからも積極的に話をきける機会を持ちたいと考えています。その他ではフォスターやホプキンス、ロジャースといった英国の精鋭事務所の番頭さんクラスからアライズ&モリソンといった若手、更にはランドスケープアーキテクトまで実に幅の広い人選がなされています。更にAAスクールやバートレット等でも相変わらず充実したレクチャーが盛んで、クールハース、オルソップ、リベスキンド、トムメイン、フューチャーシステム等ロンドンならではのメンバーという感じがします。タイムラグ無しに直接これらの建築家が今現在考えている事を聴ける事は、彼等の建築に対する新しい読み方を得るのに大変有効です。

3 今後の予定
イースター休みが終わる4月初旬からいよいよ本格的な作業の開始となります。メインプロジェクトで要求される<全体計画><公共施設の設計><住宅の設計><保存修復計画>とこなして行く事になります。最終的には6月の内部審査会と外部審査会を経て、合否が判断され、その後7月からの展示会の用意に奔走される事となります。

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