行きはよいよい帰りはこわい・・・(12月8日)

お隣りのダートフォード市が、先週末から全国的な話題となっている。先週の金曜日に、テムズ川経由でイギリスと大陸とを結ぶ貨物専用フェリーの発着所で、100人近くのジプシーが大型トラックの荷台から見つかったためである。

このジプシーたちは、男性が警察から事情を聴取されている間、子供と女性は、現在ダートフォード市内の病院の、現在使われていない病棟で生活をしている。この間の費用は、すべてわたしたちケント県民の税金で賄われているわけである。政治的亡命者保護 (political asylum) を申請すると、この申請に対する決定が下されるまで、しばしば1年から2年もかかることがある。その間、地方自治体は、これらの避難民に宿泊場所と生活費を提供しなければいけない。ドーバーや、今回のダートフォードのような港町では、それがかなりの地方財政の負担になりつつある。また、この申請期間中に行方を暗まし、イギリス国内のどこかに潜伏してしまう不法移民も少なくないという。

この事件を受けてさっそく、日曜日には、内務大臣 (Home Secretary) のジャック・ストローから、今後違法の移民をイギリス国内に運び込んだトラックの運転手には、2000ポンドの罰金を課す、という案が発表された。しかし、この案はすぐに、トラック業界からの反対にあった。罰金を避けるために、運転手は、不法移民を発見しても警察に届け出るかわりに、彼らを逃がしてしまうのだろう、というわけである。だが、それなら警察に届ければ罰金は課されない、という一行を付け加えればよい。運送業者は、たんに罰金の経済的負担と、運転手が積み荷をチェックしなければならないという時間的なロスをいとっているのである。

しかし、この内務省案は、いかにも小手先だけの不法移民流入対策である。本来内務省で取り締まるべきことを、飴と鞭の鞭のほうを使ってトラック運転手にやらせようというわけだ。これには、もっと抜本的な対策が必要である。たとえば、オランダでは、移民が政治的亡命者保護を申請した場合、24時間以内に、さらに時間をかけて申請を考慮するか、それとも移民を送還するかを決定しなければならないということである。空港や、港には、24時間、申請者を留め置くための設備も完備しているそうだ。これで、地方自治体への負担を防ぐことができる。イギリスのように、どんな申請でもとりあえず、時間をかけて一件ずつ審理しようというのでは、時間と金がかかって困る。次に、さらに根本的なことだが、イギリスの寛容すぎるほどの社会保障制度を改革することである。イギリスは、ドイツ、アメリカに次いで、難民が亡命を希望する先の第3位となっている。これは、亡命を希望すれば、滞在先の確保、生活費の支給など、手厚い保護が受けられ、移住が認められれば、その後の生活の心配もないという大盤振る舞いの社会保障制度のためである。そして、その評判が、本国にまた伝わる。これだから、移住を希望するものが後を絶たない。(政治亡命を希望するものの多くは、実は経済的な理由によるものがほとんどであると言われる。たとえば、今回のジプシーも本国のルーマニアやスロバキアで迫害を受けているから、というのがその政治亡命の理由だが、これらの国では、迫害の事実を否定している。差別があるのは事実のようだが、他の国(ボスニアやトルコなど)のように体制側が少数民族を弾圧しているというようなことではないようである。)

一方、最近、イギリスへの再入国を拒否された日本人の話を二件も聞いた。一人は、わたしの行きつけであった美容師である。彼は、4年前からイギリスに住んでおり、11月に日本に一時帰国したのだが、イギリスに戻ってきた時に、ヒースロー空港で再入国を拒否され、一週間だか、10日間だかの猶予をもらって、イギリスでの身辺整理をし、日本に帰っていったということである。もう一人は、わたしは直接知らない人であるが、大学生で、10月から彼女の知人のイギリス人家庭に居候し、家事を手伝っていた。(いわゆるオーペアというもの。現在のイギリスの法律では日本人のオーペアは違法である。)彼女も、フランスに出かけた帰りに入国審査官に再入国を拒否された。 こちらは24時間の猶予しか与えられなかったそうである。

イギリスの入国審査は厳しい。上のような話をした後で、こういうのは説得力がないが、日本人に対しては厳しいのである。つまり、政治亡命の審査には、現行の法律ではたいへん時間がかかり、空港や港の入国審査官には何もできないが、善良な日本人の入国を拒否するのはいとも簡単なことだということである。もし、あなたが1週間のパッケージツアーでイギリスに来るのなら、何も心配はいらないが、そうでなければ、このへんの事情をよくのみこんでいないと、せっかくの計画がまったくの水の泡ということも有り得る。

まず、わたしの美容師の例であるが、彼の失敗は(わたしは詳細を知らないのであくまでも推測だが)、学生ビザで、学校の休暇でない時期に2週間も外国に出かけていたという点である。これは不審がられてもしかたがない。

もう一つの件では、うっかり口をすべらせて、滞在先の近くの学校で週に何時間かフランス語の講義をとっている、と言ってしまったのが運のつきであった。イギリスで勉強をしたいのなら、週一定時間以上のコースに登録し、入国する以前に学生ビザをとっておかなければならない。なまじっか、英語ができたために掘ってしまった墓穴である。入国審査官の質問には、聞かれたことだけに答えるのが賢明だ。

このように書くと、まるで入国管理官の目をかいくぐる方法の伝授のように見えるかもしれないが、それはわたしの本意ではない。純粋にイギリスで生活をしてみたくてやってくる善良な日本人が、ちょっとした不注意でその機会を奪われ、失意のうちに日本に帰っていかなければならないのが残念だから、注意をしたいのである。こういう日本人には、もちろんイギリスの社会保障に頼らなくても食べていけるだけの財源はあるし、イギリス人の就職のチャンスを奪っているわけでもない。最初の話のような、経済的理由でやってくる不法移民とは話が違うのである。

しばらく(1ヶ月以上)イギリスに滞在した後で、他の国に行き、またイギリスに戻ってくる場合は、かなり厳しい入国審査官の質問が待っていると覚悟すべきである。わたしの場合、1990年6月から3週間イギリスを旅行し、一度日本に帰り、10月にまたイギリスに戻ってきた。この時の「ずいぶん短期間でイギリスに戻ってきたんですね。」という入国審査官の問いには、にっこり笑って「イギリスが好きだから。」でパスしたが、これはかなりラッキーな例といえよう。その年の12月に、イギリス人向けのパッケージツアーで一週間オーストリアに行き、またイギリスに帰ってきた時には、ドーバーの入国審査でたいへん執拗な尋問を受けた。特に女性の場合は、イギリス人男性と結婚でもしてイギリスに居つかれることが入国審査官の最大の恐れであるということをよくよく承知しておくべきである。


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