Anglo-bites

**イギリスつまみ食い**

番外編

最終更新日 2月5日

    ● お客様は神様です

イギリスへ来て懐かしく思うのは、日本のお店での下にも置かぬ扱いです。イギ リスでは、そのような待遇は期待できません。

その反面、イギリスで買い物をする時、客と店員との両方に感謝の気持ちがある のはとても気持ちがいいことだと思います。イギリスでは、レジでお金を払う時、 店員も客もありがとうを言います。店員は買い物をしてくれてありがとう、それに 対して客は品物を手に入れるのを手伝ってくれてありがとう、という気持ちで言い ます。よくフォートナム・アンド・メイソンのレジで、店員がありがとうを言って いるのに、仏頂面で何も言わずに買い物を受け取る日本人の男性を見かけますが、 これではこのお店で日本人の評判が悪いのも無理はないと思いました。

日本ではお客様は神様ですが、イギリスではお客様は人間以上でも人間以下でも ありません。自分と対等な人間でしかないのです。つまり、イギリスでの人間関係 には、金の動きは関係ないのです。

日本でお客様が神様なのはいいのですが、恐いのはお客様でなくなった時、人間 以下に転落することです。

● 金の切れ目は縁の切れ目

以前日本に帰国した時、方向を聞きたくて、駅のキオスクの女性に声をかけまし た。そのぶっきらぼうなこと。取り付く島もありません。たぶんガムの一つでも買 えば、もう少し親切に教えてもらえたに違いません。

一方、イギリスで感心させられるのは、ある店に行って、探している品物を扱っ ていない場合、あるいは品切れになっている場合、「あそこなら置いているかもし れない。」と言って、必ず他の店を教えてくれることです。他の店というのは、す なわち同業他社、競合相手です。それを紹介してくれるとは、なんと度量が大きい のでしょう。

数年前に「日経ビジネス」で、日本の百貨店の返品制度についての特集がありま した。同誌の調査によると、返品に関してはどの店も不承不承の態度で、手続きも 大変煩雑である、ということでした。もちろん、日本の百貨店特有の商習慣(委託 販売など)によるところも大きいのでしょうが、一般的に、日本のお店が返品を快 く受けつけてくれないのは、店と客との関係が、金の流れだけによっていることに 由来するのではないかと思います。つまり、「金の切れ目は縁の切れ目」、返品し たその時から、金の流れは逆転し、客と店の関係も180度転換するわけです。そ して、お客様は一気に「神様」から人間以下に転落します。

その点、イギリスでは、返品に関しては消費者に対して実に好意的な制度ができ あがっています。買った品物に対して、同等の品物で交換してもらうことについて は、レシート提示の必要すらありません。これも、長年の消費者運動が実を結んだ 末の、消費者保護の表われなのでしょう。

制度的な面を抜きにしても、イギリスの店員は、返品に対して快く応じてくれま す。もちろん、売った時同様、決して特別丁重に応対してくれるわけではありませ んが、返品だからといってぞんざいに扱われたり、不承不承の態度をとられたりす ることはありません。日本の店員だったらしぶったりして、なるべく返品を避けよ うとするのではないでしょうか?

ここで、もう一つ、イギリスと日本の違いがあります。それは、店と店員との関 係です。

日本では、店=店員ですが、イギリスでは、店員は店員で、必ずしも店の利害関 係を代表しません。つまり、日本では店と客との関係がそのまま店員と客との関係 を表しますが、イギリスではそうではありません。だから、イギリスではお客様は 店員と同じ人間であり、それ以上でもそれ以下でもないわけです。店員=店という 日本の図式は、自分のアイデンティティーを所属する団体に求め、滅私奉公する伝 統的な日本人の価値観から来ているものと思われます。もっとも、このような価値 観は新人類の出現によって崩れつつあるということですので、もしかすると、この 図式も変わりつつあるのかもしれません。

● 理想的な店と客との関係とは

先日、作家井上ひさしさんとの思い出を綴った、朝日新聞社の菊池育三さんのコ ラムを読みました。その中で、井上ひさしさんは「(敬語は乱れているというが、) 接客業種では、敬語が過度に使われている。商業敬語は全盛。」と言っています。 続けて、「人よりお金に頭を下げている。」と指摘しています。

店員が敬語を並べ立てて客に媚びるのも、そこに金があるからです。

本当に望ましい店(店員)と客との関係とは、金の流れに左右されないものでは ないかと思います。店は客から金をもらうことよりも、客に気にいったものを手に 入れてもらうことを本来の目的とし、客は、自分のほしいものを手に入れさせてく れた店(店員)に感謝する。そのような、金が介在しない、人間対人間の関係で、 買い物ができたらよいのではないでしょうか。

そういった意味で、われわれ日本人がイギリスから学ぶところは多いと思いま す。確かに、店員が奴隷のようにかしずいてくれるのは、たいへん気持ちのいいこ とです。しかし、それが自分のためではなく、自分の財布のためだというのは、悲 しいことのような気がします。それよりはお互いに感謝の気持ちで買い物ができる ほうが、ずっと気持ちがよいとわたしは思うのです。

● 蛇足

と、ここで終わりにしてもいいのですが、最後に日英比較に追加してもう一つ。

しばらく前に我が社の社員食堂に、アフリカ系のレジ係が数人現れました。 (ちょうどシエラ・レオネで内乱が勃発した直後だったので、そこからの難民では ないかという噂でしたが、さだかではありません。)ところが、この女性たち、お 金を受け取っても、ありがとうを言うでもありません。こちらが、お金を渡しなが ら、「ありがとう。」と言うと、「どういたしまして。」と答えます。英語がわか らないわけではないのですね。それどころか、釣り銭の間違いなどの問題があると、 堂々とちゃんとした英語で、抗議に応じています。さすがのイギリス人も、支払い 時のありがとうのないのには驚いたようです。ある人は、「たぶん、彼女たちが生 まれた国には、客にお礼を言う習慣がないのだろう。」と言っていました。そうい う国もあるのかもしれません。客の方が、売ってくれてどうもありがとう、と感謝 するのかも。

さて、その社員食堂ですが、今ではレジのところでは、客とレジ係との両方から ありがとうが聞こえます。彼女たちも、このよきイギリスの習慣に気がついたので しょう。今では、レジの風景はずっとなごやかです。

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