● イギリス「衣」事情
この "Anglo-bites" の謳い文句は、「イギリスの衣食住習慣のご紹介」というこ
となのですが(ご存知でした?)、今まで「衣」のほうについては全然触れないで
きました。(圧倒的に「食」が多かったかな?)別に避けてきたわけではありま
せん。単にわたしが「衣」には興味がないだけです。だからこそイギリスはわたし
にとって住みやすいのですが。
"Anglo-bites" を第一回から掲載していただいている "El Puente" というサイト
に、現在アメリカのコロラド州に留学中のRieさんのエッセイを載せた "Pan-
americanismo" というコラムがあります。ここで、Rieさんは、コロラドの学生の着
るものにだまされるな。彼らは実際の温度が何度でも、日さえ照っていれば、半袖
Tシャツに短パンで町を歩き、時には上半身裸でビーチバレーなどやっている、と
書いています。これはイギリスでもまったく同じ。さすがに、コロラドとちがって
零下まで気温が下がることはめったにないので、これほどのつわものはいません。
それでも、ちょっと暖かいといきなり夏に戻ってしまうおっちょこちょいはそこら
じゅうにいます。そうかと思うと、夏でも毛糸の帽子をかぶり、オーバーを着て厚
手のタイツをはき、犬を散歩させている老婦人もいます。要するに季節感がないの
ですね。自分が寒いと思えば暖かい格好をし、自分が今日は暖かいと思い込めば、
半袖Tシャツに短パンで出かけるわけです。
日本では、季節を先取りするのが粋というファッション観が伝統的にあると思い
ます。今のように衣服にバラエティーがない時代でも、昔の人たちは、生地の素材
や色柄によって季節感を出していたようです。そして、春の終わりくらいに、夏物
素材の着物を着るのが粋だと思われていました。みなさんもある小春日和に、半袖
を着ると温度的にはちょうどよいが、ちょっと着られない、と思ったことがありま
せんか?これは、季節を逆戻りすることは「ださい」というおしゃれ観が日本人に
はあるからではないかと思います。(その次の夏を先取りしている、という逆転の
発想もできますが。)
それからもちろん、日本の四季はイギリスと比べて、かなりはっきりしていると
いうこともあります。また、収納場所が限られているので、過ぎた季節の洋服は
さっさと箱に入れてしまう必要もあります。衣がえという習慣は西洋人には奇異で
非合理的にうつりますが、日本の住宅事情を反映した、やむをえない習慣だとわた
しは思います。
では、日本人がその日に着るものを決める基準が季節感だとしたら、イギリス人
の基準は何か?それは「思い込み」です。たとえ真冬の1月でも、日がさんさんと
照っていれば、それは夏と同じ事である。と決め込んでTシャツで外に出るわけで
す。また、(自分の)ホリデーは暖かくなければならない、という信念のイギリス
人は、雨が降って肌寒い時でも、南フランスでは必ずTシャツに短パンをはいて歩
きます。「心頭を滅却すれば、火もまた涼し」と言ったのは日本の偉いお坊さんで
すが、イギリス人もそれに劣らず、実は精神論的な人種なのかもしれません。しか
し、体の方は必ずしも精神にはついていけないものです。真冬に例外的に暖かい日
があると、その次の日も半袖Tシャツででかけて、風邪をひくという大馬鹿者も少
なくありません。前述のRieさんは、天気予報を参考にしましょうとアドバイスし
ています。イギリスを訪れる日本人の方へのわたしのアドバイスは、「必ず温度調
節のできるかっこうをして出かけましょう。」ということです。Tシャツの上に
セーターやジャケット、夏でも必ずジャケットは忘れないように。昼間のうちは暑
くても、日が沈むと温度が急に下がることがしばしばです。イギリスの天気は、気
まぐれです。どうぞくれぐれもご用心を。