● イギリスの住宅事情
さて、前回は「衣」の話でしたので、今回は「住」に話を移したいと思います。
「イギリス人の家は城」(An Englishman's home is his castle.)と言いますが、
イギリス人男性の家にかける情熱は、他のヨーロッパの男性とはくらべものになり
ません。しばらく前に新聞で読んだ話ですが、イギリスの男性雑誌の売れ行きは、
他のヨーロッパ諸国に比べて、かなり劣るのだそうです。その理由は、イギリス男
性は、若いうちから住宅ローンを組み、その支払いにきゅうきゅうとしていて、お
しゃれに費すことのできる可処分所得が低いのだそうです。それと比較して、イタ
リアやフランスの男性は「住」をそれほど重視しないぶん、おしゃれのほうにお金
をかけるので、おしゃれ特集を組む男性雑誌にも関心が高いということです。
実際、ヨーロッパ大陸の国々では、持ち家より賃貸のほうが多いようです。イギ
リスで持ち家比率が一気に上がったのは、80年代のサッチャー首相の持ち家奨励
政策以来だと思いますが、イギリス人の住宅にかける情熱というのは、他のヨー
ロッパ人以上だと思われます。賃貸住宅でも、許される限り、自分の好きなように
住まいに手を加えます。最近では、女性の間でもDIY(日曜大工)をする人が増
えてきているそうです。
売買される家のほとんどは、中古住宅です。一つの家が、100年も200年も
もってしまうことを考えれば、それもうなずけるでしょう。新築住宅のほとんど
は、建て売りです。ということは、土地を買って、そこに自分の好きなスタイルの
家を建てる、というケースはあまりないということです。この理由としては、資金
調達の難しさが挙げられるのではないでしょうか。つまり、イギリスでは家を買う
場合、モーゲージ (mortgage) と呼ばれる住宅ローンを銀行、または Building
Society という相互会社形態の住宅ローン会社(預貯金などの銀行業務も行います
が)から借り入れます。(頭金なしの100%モーゲージも可能なので、20代の
若いカップルでも簡単に家を買うことができます。)この場合、モーゲージという
名の通り、これから買おうとする家を抵当に入れて、買うための資金を調達するわ
けです。ところが、更地に家を建てる場合、抵当に入れるべき建物がないので、こ
の方法ではちょっと難しいのです。しかし、全く、無理なわけではありません。土
地を自分の資金で買い、(土地が住宅の価値の大半を占める日本とは違うので、こ
れは日本ほど困難ではないようです。)その土地を担保に入れて、これから建てる
家の一部の資金を借り、その一部が建ったところで、今度はそれを抵当に入れて、
次の段階の建設資金を調達する、という具合です。しかし、やはりこの方法はあま
りにも手間がかかるので、実行する人は少ないようです。
このへんの事情が、イギリスの「街並みの美」の理由の一つではないでしょう
か?つまり、新築の家はほとんどデベロッパーによって建売用に一括設計・建築さ
れ、一度家が建つと、煉瓦作りですから、何十年、何百年ともちます。そういうわ
けで、自然に、地域全体に統一された住宅が建ち並ぶわけです。日本のように、築
35年くらいで、建てかえるということになると、どうしても建てかえる時には、
持ち主の好きなスタイルに、となるのが人情ではないでしょうか。それで、日本に
は瓦屋根の堂々とした純日本風のお屋敷の隣りに、紫の洋館が建っていたりするす
るわけです。
もっとも、都市計画面での規制がイギリスでは厳しいのも事実です。ある通りで
家の外壁をピンクに塗り、ピンクの車を前庭に駐車していた女性が区役所から注意
を受けたという記事が新聞にありました。歴史的な建物(歴史的に価値のある建物
は登録され、持ち主が勝手に改造できないよう法律で保護されています。)ならと
もかく、普通の住宅地の近代住宅について、そこまで規制しなければならない必要
はないのではないかとわたしは思います。(ピンクの家が悪趣味だというのには賛
成しますが。)Listed buildings (上記のような歴史的建物)でしたら、そこに
住む人たちには、セントラルヒーティングがなくてもなんでも、不便には耐えてい
ただいて、絶対に建物に手を加えてほしくはないと思います。その歴史的価値に惹
かれて、数ある家の中からその家を選んだのですから。