● ハハノオシエ
しばらく前に、「ウィークリーまぐまぐ」の中で、「ハハノオシエ」という読者投稿のコーナーがあったのをおぼえていらっしゃるでしょうか?自分に都合のいい、おとなのうそというのが、まぐまぐ版ハハノオシエの意味するところでした。わたしの母はたいへん迷信深い人だったので、うちには本来の意味でのハハノオシエというのが、数え切れないくらいありました。「新聞や本をまたぐと、カマイタチがおきて、切り傷ができる。」これは試すのもちょっと恐くて、かなり長いこと、我が家では犯すべからざるハハノオシエでした。「夜中につめを切ると親の死に目にあえない。」最近は、イギリスでは夜中だが、伝承発祥地の日本は朝なのでよい、と解釈して、難を避けています。「ご飯を残すと目がつぶれる。」これは、日本の労働集約型農業と違って、この外国産の米は、そんなにお百姓さんに苦労をかけていないので、残しても大丈夫、と言い訳しています。この他にも、「女の子が口笛を吹くとひげがはえてくる。」「夜、口笛を吹くとヘビが出てくる。」などなど、枚挙にいとまがありません。
さて、前書きが長くなりましたが、今回はイギリス版ハハノオシシエを集めてみました。
1.はしごの下を歩くと悪いことが起きる。
これは結構おなじみかもしれませんね。かなり伝統のあるハハノオシエ
です。現代でも、信じる人は多いんですよ。知人がある建物に行った時のことです。入り口は二つ。片方にははしごが掛かっていたそうです。もう一方の入り口を見ると、そこにはかなり長い行列が。迷信を信じない知人は、長い行列を横目に、はしごの下をくぐって中に入ったそうです。日本のハハノオシエ同様、実はこれにも、裏にはもっともな理由があります。はしごがそこにあるということは、その上には作業をしている人がいるか、ペンキや工具がその上に置かれている可能性がある。だから、下を通ると何かが落ちてくるかもしれない。そこで、はしごの下を通るのは避けなさい、というのが、イギリスの、ありがたいハハノオシエなのでした。
2.塩をこぼすと悪いことがある。
これはきっと塩の貴重さに基づくものなのでしょう。でも、このオシエには、ありがたいことに善後策があります。それは、こぼした塩を左の肩越しに(ここにデビルがいると信じられています。)一つかみ投げると、悪いことは起こらない、というものです。
3.鏡を割ると7年間不運が続く。
最大級の運の悪さですね。鏡を割ると死ぬというバージョンまであるそうです。昔、鏡に映った姿は、その人の魂であると信じられていました。また同様の理由で、写真に撮られると、自分の魂も取られると信じて、写真に撮られるのを嫌がる人がいるそうです。4年前にわたしも小さな鏡を落として割りました。あと3年、不運が続きます。どなたか、この言い伝えに対する対策をご存知でしたら、教えて下さい。
4.13日の金曜日は縁起が悪い。
金曜日はキリストが十字架にかけられた日として、13日に限らず、縁
起の悪い日とされているようです。金曜日に関わる迷信も少なくありません。船乗りや漁師は特に迷信深いことで知られていますが、(天候という自分の力を越えるものに、自分の命をゆだねざるをえないからでしょう。)彼らの間では、金曜日は悪魔の日として、忌み嫌われていました。この日に始まった仕事は決して完成しないという言い伝えがあります。また、金曜日には、一般的に、魚を食べる習慣もあります。キリスト教版精進料理なのですね。金曜日は、フィッシュ・アンド・チップス屋もいつも以上の賑わいです。
5.緑は運の悪い色。
緑は、古くから妖精の色と信じられていることから来たものと思われま
す。特に、結婚式では、花嫁は緑を着てはいけないと言われています。(正式の結婚式ではほとんどの人が白を着るようですが。)これは、緑を着ると、妖精の魔力の虜となるかもしれないからだそうです。ついでに、結婚式に関しては、花嫁は、"something old, something new, something borrowed, something blue" を身につける習慣があります。古いものは、過去との関係を維持すること、新しいものは未来、借り物は現在との関係、青は純粋さを、それぞれ意味するそうです。わたしは、この日のために 買ったクリーム色のスーツに、古いストッキング、友人から借りたパールのネックレスをつけて、ブーケには矢車草を入れてもらいました。そのおかげかどうか、9年近く無事に結婚が続いています。
6.家の中で傘をさすのは縁起が悪い。
わたしの会社では、雨の日には、日本人たちが(わたしを含め)、イギ
リス人に嫌がられながらも、会社の中で傘を広げて干します。
7.階段ですれ違うのは縁起が悪い。
そういうわけで、反対側(上か下)から来る人を、止まってやり過ごす
のだそうです。階段で道を譲ってくれるイギリス人はなんて礼儀正しいのだろうと感心していましたが、実はこういう理由があったのですね。もっとも、混雑した広い階段は、この限りではないでしょうが。
・・・と、ここまで読んできて、気づかれませんか?それは、これらのオシエは守らないとどうなるかというと、すべて「縁起が悪い(bad luck、unlucky)」。そこへ行くと、日本のハハノオシエは実に想像力に富んでいます。「カマイタチが起きる。」「目がつぶれる。」なんか、説得力がありますよね。独創性のない日本人といわれますが、このへんの想像力にかけては、誇りを持ってもいいのではないでしょうか。
でも、イギリスにはこんなのもあります。
8.カップの中にスプーンを二つ入れる人は、二回結婚する。
まあ、今時再婚は普通ですけどね。それとも重婚を意味するのでしょうか?
9.Touch wood!
"Anglo-bites" ホームページ版第11回の「一言イギリス英語講座」でも取り上げましたが、これは悪運を取り払うオマジナイの言葉。自慢げなことを言ってしまった後に付け加えます。たとえば、今まで一度も大病をしたことがないとか、泥棒に入られたことがないとか。由来としては、木には悪運を取り除く特別な力が備わっていると考えられていたという説と、キリストが木の十字架にかけられたことから来たという説とがあります。"Touch wood!" と言った後には、近くにある木でできたものを実際に触ったり、またただ口で言うだけだったり、自分の頭を触ったり(!)します。思うに、これは日本の「おかげさまで」に当たるものでしょう。自分が無病息災でいられるのも、自分の力以外のもの(神様、仏様、周囲の人々)のおかげである。だから、それを忘れて自慢をすると、悪いことが起こるぞ。これが、日英両方の言葉に共通した戒めなのではないでしょうか。
まだまだありますが、今回はこのへんで。