Anglo-bites

 **イギリスつまみ食い**

第37回の目次
● 消費文化の花咲くか?
● イギリスはおいしいか?
● 一言イギリス英語講座 - "white elephant"
● 私見「イギリスはおいしいか?」

● 消費文化の花咲くか?

最近、テレビのコマーシャルを見ていて、これはイギリスにしては画期的だと思ったのが、ジレットのレディース・シェーバー。つまり、むだ毛の始末をするかみそりです。なぜ、これが画期的かというと、新製品でありながら、性能的に改善されたところがない。しかし、パール、パールピンク、パールブルーというかわいい3色で新登場した、ということ。だいたい、イギリスというのは、実用一本槍の国です。かみそりなんて、安全でスムーズに剃れれば、かわいくなくてもいいはずでした。

イギリスのドラッグストア(といえば、聞こえがいいが、要するに薬局)チェーン、ブーツが日本に進出したということで、「ブーツって日本で言うとマツモトキヨシのようなものですか?」という質問をいただいたことがあります。答えは、NO。ブーツに、なにかかわいいものはあるかしら?と立ち寄る人はいません。頭痛薬を買わなくちゃ、とか、シャンプーが切れそうだから、とか確固たる目的を持って入って行くところです。

こんなイギリスで、かわいい色というだけで登場した新製品が、どんなに画期的かをおわかりいただけたでしょうか?これもイギリスが豊かになった証拠かもしれません。物質的な豊かさに向かうイギリスに対して、「イギリスよ、おまえもか。」とお嘆きになる方もいらっしゃるかもしれませんが、新しもの好き、好奇心旺盛のわたしには、楽しみな傾向です。

● イギリスはおいしいか?

まず結論から言ってしまうと、おいしいか、まずいかというのは、主観的な問題なので、こういった議論は不毛である。でも、そう言ってしまっては、今回はこれで終わりになってしまうので、わたしの独断と偏見で書かせていただくことも考えました。それでも、わたしは、もともとグルメではないことを自認する人間ですし、またイギリスに来てから、味の基準が普通の日本人とは変わってしまったので、(特に塩分の感覚)わたしがこれはおいしい、これはまずいと言っても、みなさんのご参考にはならないと思います。また、たとえば、わたしが「これはおいしい」と言っても、たまたままずいお店でそれを食べてしまった人には、「それはまずい」と反論されるに違いありません。

このような理由から、ここでは個別の食べ物に対して、おいしいかまずいかという主観的な議論は避けます。その代わり、食文化一般についてなるべく客観的に考えていきたいと思います。

さて、「イギリスはおいしいか?」と銘打ったには、当然、かの林望氏の「イギリスはおいしい」が下地にあるわけです。この本の中で、林氏はイギリス人は野菜をくたくたになるまで茹でる、ということを書いていらっしゃいますが、これは本当でもあり、間違ってもいるとわたしは思います。確かに、上の世代では、温野菜はやわらかいものを好む傾向があります。実際、わたしも、81歳になる舅を食事に招く時には、ほうれん草かブロッコリか見ただけでは判断ができないくらい、念入りに茹でることにしています。何の野菜の話をしていた時か忘れてしまいましたが、ある野菜を炒めるとおいしいという話になった時、知人のお肉屋さんも、「われわれイギリス人は、野菜と言うと、なんでも茹でてしまう。この茹でるというのは、最もまずく野菜を食べる方法なんだけどね。」と言っていました。ということは、野菜は茹でるというのが、やはり、イギリスの伝統なのでしょう。しかし、最近では、「アルデンテ」と言って、スパゲティのみならず、野菜も少し固めをいただくのが、トレンディーな食べ方とされています。

野菜の茹で方のみならず、イギリス人の食文化は近年かなりの変化を遂げています。一番大きなものは、食べることに対する意識の変化でしょう。「イギリスはおいしい」の中にも述べられていますが、確かに、イギリス人の中には、食べ物に対して特に関心を払うことを恥ずかしいと思う傾向があったと思います。それを変えたのは、やはり経済的な余裕ではないでしょうか。近年、イギリス人の生活はずいぶん豊かになったと思います。「贅沢は素敵」であることに気がついたイギリス人たちが、その経済的余裕を享受し始めたわけです。有名シェフの経営するレストランはたいへんな人気ですし(「あのシェフの店で食事をした。」という話が恥ずかしくなくできるようになった。)、テレビの料理番組(3分クッキングのような実用的なものではなくて、グルメ番組的なもの)も、多い時には週に4〜5本放映され、ほとんどの番組は人気シェフまたは料理研究家を看板にしています。そして、こういった番組の放映と同時に発行されるレシピ本は、次々にベストセラー。イギリス人の食に対する関心は過去最高に達しているようです。

イギリスの食文化が変わった原因の一つには、多くの人が外国旅行に出かけるようになったことも挙げられるでしょう。これも豊かになったことの副産物です。旅行に出れば、当然外食をすることになり、レストランに入る機会も多くなります。また、外国の食べ物に触れます。かつてのイギリス人は、サラダなんてうさぎの食べるものと考えていました。

しかし、まだまだ外食は、イギリス人にとって特別なものです。一つには、手頃な値段で食べられるところがないこともあります。ファミリーレストランの発達した日本を引合にだすまでもなく、身近なスペインなどを見ても、あのくらいの値段で外食ができたら、家で作る気にはならないなと思います。こうした事情もあって、イギリスでは、たいしておいしくもないレストランが高い代金を請求して、のうのうと商売を続けていられるのではないでしょうか。そして、そのようなレストランで食事をした人は、外食をするというギャンブルに懲りてしまう。競争がなくなると、たいしておいしくないレストランがますます幅をきかせる。こんな悪循環がイギリスの外食環境を貧困なものにしているのだと思います。

そんなイギリスの食生活で、まずまずいい線を行っていると思われるのが、中食です。外食でも内食(うちめし)でもなく、その中間の中食。つまり、電子レンジで温めるだけの食品です。共稼ぎの多いイギリスで、手軽にできるこんな食品に対する需要は増えるばかり。これに目をつけたスーパーマーケットチェーンは、こぞってプライベートブランド商品を投入。競争が激しくなれば、質も上がる。そういうわけで、中にはレストランで食べるよりもずっとおいしいものもあります。

一口にイギリス人と言っても、年配の人たちと若者とで好みが違うように、階級によっても食生活は変わります。2〜3年前にラジオでたいへん興味深い話題を取り上げていました。階級によって、食に対する態度はどう違うのか、ということです。中産階級は、食に対する関心が強く、食べることを重要視するが、労働者階級は、その逆、というのが結論でした。(上流階級については触れていませんでしたが、やっぱり上流階級の方々は、自分で料理なんてしないんでしょうね。)特に興味深かったのは、食べ物に対する態度の違いです。これを言葉の面から分析していたのですが、労働者階級の主婦は、「オーブンにぶち込む。」(Bang into the oven) など、食材に対する愛情が全く感じられない、乱暴な言葉を食べ物に対して使うのですね。また、別の学者が言うには、教育レベルの高い中産階級の主婦は、試験で挫折した経験などもあり、料理で多少失敗しても、料理自体が嫌いになることはない、むしろどこを改良すべきかを考えて次回に活かすということでした。それに対して、労働者階級の主婦は、失敗を恐れて、手のこんだ料理をしたり、新しい料理にチャレンジすることがあまりないのだそうです。中産階級のお宅と労働者階級のお宅、どちらのお宅に食事によばれたいかは明らかですね。

また、この番組では触れていませんでしたが、労働者階級は食に対してかなり保守的だと思います。こういう人たちがよく行く、スペインのリゾート地には、イギリス人を対象にしたイギリス料理の店が必ずあることにも、その傾向はうかがわれるでしょう。一方、"sun-dried tomato eaters"(天日干しのトマトは、イタリア料理の代名詞)と揶揄されるように、中産階級は外国の食べ物を積極的に取り入れています。エキゾチックな食べ物に対して、オープンなのがこの階層の人たちです。サッチャー政権以来、中産階級が拡大していることを考えると、イギリス人の食生活の未来は明るいと言えるかもしれません。

● 一言イギリス英語講座 - "white elephant"

色にまつわる慣用句の第3弾になる今回は、「白」と「黒」をまとめて紹介します。白のイメージとしては、純粋、潔白など。"white lie"、"white magic"、"white knight" など、善意のイメージが強いようです。また、日本では、顔から血が引くことを「真っ青になる」と言いますが、英語だと「白くなる」。一方、黒のほうは、どちらかというネガティブなイメージが強いようです。80年代、極左勢力がロンドンの地方自治体で権力の座にあった時、ポリティカリー・コレクトネスのために、「黒」という言葉が地方自治体関連の場から消えてしまったことがありました。教室の「黒板」(blackboard) さえ姿を消しました。ここまで行くとさすがにやりすぎですが、わたしの感じた限りでは、イギリスは、アメリカほど、ポリティカリー・コレクトネスにはうるさくないような気がします。

White elephant

役立たずで面倒な所有物。特に、維持するのに金がかかり、処分するのは難しいようなものに使われます。また、最近では、結果的に無駄で、高くついた失敗のことを指すようです。一時期、ミレニアム・ドームについてよく使われていました。シャム(現在のタイ)の王様たちは、嫌いな廷臣たちを破産させるために、白い象を贈ったそうです。廷臣にしてみれば、象を維持するためにはたいへんな金がかかる。しかし、白い象は神聖なものだし、王様から賜ったものでもあり、処分するわけにはいかない・・・。というわけで、この意味に使われるようになったということです。

The black sheep of the family

一家の恥、また、一番出来が悪いと思われている人。黒い羊は、白い羊ほど高く売れず、羊飼いに嫌われていたことから来ているようです。

Blackball

(会員制クラブのメンバーに応募している人を、特に、秘密の投票の結果、)拒絶する。18世紀後半にできた言葉で、当時、メンバーにしたくない人に対しては、黒いボールを投票箱に入れることによって、反対の一票を投じたことから来ました。ジェレミー・パックスマン(風貌ではなくて、キャラクターとして喩えると、日本では、久米宏が一番近いでしょうか?)が、ある会員制のクラブに入会を断らられた、という事件が数年前に話題になった時に、わたしはこの言葉を覚えました。

Black box

正確には、"flight (data) recorder"。航空機の飛行を記録したもので、事故があったときにこれを元に原因の究明が行われます。もともとは、英国空軍で使われていた俗語で、複雑な航空装置の収められた箱を意味しました。この「ブラックボックス」、実際には、発見されやすいようにオレンジ色をしているそうです。しかし、この名前がついたのは、黒のほうが謎めいた色だからではないかということです。

Blacklist

要注意人物の名前を載せたリスト。また、動詞で、ブラックリストに載せる。これはもう日本語にもなっていますね。起源は古く、中世にまでさかのぼるということです。イギリスの大学では、行いの悪い学生の名前が黒い本に載せられました。転じて、ブラックリストは、信用リスクの高い人のリストになり、そして破産した人の一覧表を意味するようになりました。雇用者が要注意従業員の名前を載せた一覧表という、今日の意味では、1880年代から使われているそうです。

● 私見「イギリスはおいしいか?」

というわけで、メイン・トピックでは一般論をぶちかましてしまいましたが、やっぱり、ちょっと私見を言わせてもらっちゃおうかな。

わたしも普通のイギリス人同様、あまり外食をしません。少ない外食経験の中から言わせてもらうと、やっぱりイギリスという国には、値段のわりにはおいしくないというレストランが多いと思います。グルメを自他共に認めるわたしの日本人の友人もそう言っているので、これは確かでしょう。特に、モダン・ブリティッシュと呼ばれる料理を出すレストランは、値段が高いだけにリスクも大きい。イギリスで、あまりはずれがないのは、インド料理でしょうね。はずれることもたまにありますが、外食としては比較的安いので、あまり腹も立ちません。タイ料理も、はずれが少ないです。中華料理については、ロンドンの中華街は別として、郊外や地方の中華料理店(特にテイクアウェイと呼ばれる持ち帰り専門の店)になると、日本の中華料理とはかなり味が変わってきます。イギリス人向けの味なんでしょうか?というわけで、イギリスで、比較的安くおいしいものを食べようという方は、エスニック料理にしたほうが無難です。(それでは何のためにイギリスに来たのかわからないって?おいしいものを食べに来たのではないでしょう?)

パブといえば、もっぱら飲むための場所でしたが、最近では料理を出すところが増えてきました。どうも、料理を出したほうが利益率が上がるから、という経営上の判断からのようです。パブの中には、「ビーフイーター」や「ハーベスト」のようなレストランチェーンに加入しているところもあります。美しく印刷されたメニューに、おしゃれなフランス語のソースが添えられた料理が並んでいたりしますが、これは落とし穴。パブで食べるなら、できるだけシンプルな伝統的イギリス料理を注文したほうが、後悔をしません。たとえば、ステーキ・アンド・キドニー・パイ、ミックスド・グリル、ステーキ、ロースト(ビーフ・ラム・ポークなど)。魚なら、鮭ステーキかフィッシュ・アンド・チップス。要するに、ソースに依存するような料理は避けたほうが無難です。また、イギリス料理の本当のよさは、いい素材をそのまま活かしたこういった料理にあると言えるでしょう。(あくまでも、素材がよければね。)

さて、この号を読まれて、みなさんは、イギリスはおいしいと思われたでしょうか?あるいは、まずいと思われたでしょうか?どちらに思われても、わたしは、一切責任をとりません。

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